〈休み石〉の話は、ひとつのことを教えてくれている。〈休み石〉がおかれていたのは家の敷地の中だったのだろうか、外だったのだろうか。いずれにしてもそこは公私の中間的なスペースだったのだろう。高齢社会を迎えるにあたり、福祉対策においても新しい〈共〉の形成が課題となっている。〈公〉と〈私〉の中間的な、市民の連携による福祉の形成。日本にも昔、〈休み石〉というのが家の前にあったとのことである(山形市に住む六〇歳である。
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〈公〉の責任を転嫁するのではなく、よりよい福祉のために追求すべきあり方であるが、これを住環境におきかえると、人をつなぐ場としての公私の中間的スペースを生かした道づくりがひとつの方法となろう。以上のような高齢化時代の住まいの課題に対しては、国も自治体も、個人も住民組織も、民間企業もそれぞれ役割を果たし得るだろう。しかしその基盤は公的に築かれなければならない。次に、これまで過ぎ去った高齢化時代を振り返り、残された高齢化時代に何か必要かを、公的対策に焦点を当てて考えてみたい。